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                          |  | 風にあおられて、カタカタと窓が鳴る。 その夜、寮の自室で、私はふと胸騒ぎを覚えた。
 うっかりして、典礼書を教室に置いてきてしまった。
 典礼書の内容を明日の授業までに覚えて、暗唱するようにと、エフレム神父に言われている。
 すでに門限を過ぎて、玄関には鍵がかかっている。
 それでも、学園内のこの寮から教室までは、そう遠くはない。
 窓から飛びだそうとして、身を乗り出した。
 素早く外に出るならこの方法しかない……
 そう思って脚をかけた途端、スカートのフチが窓枠にひっかかる。
 取ろうとして引っ張ると、ジリジリと音をたててほつれ始めた。
 
 「もう……こんな時に……!」
 
 その時、あわてて肘をぶつけ、窓辺の本がバラバラと床に落ちた。
 
 「わ、やば……!」
 
 思わずそう口にした時……
 
 「マリア? どうしたんですか?」
 
 階段のほうから、水鏡さんの声が聞こえてきた。
 水鏡さんはエクソシストを集めたこの白百合寮の寮長だ。
 寮の規律が護られているのは、しっかりした寮長・水鏡さんの力でもある。
 普段は優しいけれど、規則には厳しい人だ。
 そして今、愚かにも私は窓枠に足をかけて、今にも飛び降りようという格好をしている。
 こんな所を見られては、言い訳も立たない。
 
 「マリア?開けますよ?」
 
 水鏡さんが、扉をノックした。
 
 「あ、まだ待ってくだ……」
 
 そう言った途端。後ろからグイと襟首をつかまれた。
 
 「あなた……何をしているんですか?」
 
 「う……水鏡さん」
 
 思わず口ごもる。
 全ての部屋の鍵を持っている水鏡さんには、どの部屋もフリーパスだった。
 水鏡さんは私を部屋の中に引き戻そうとした。
 
 「うわ、ひっぱらないでください! スカートがっ!」
 
 ビビ、と嫌な音をたてて、引っ張られたスカートの裾がほつれ、
 レースのあしらいが取れてしまった。
 
 「あーあ、マリア……衣服を粗末にして!」
 
 水鏡さんが肩をすぼめる。あんまりな言いようだった。
 
 (水鏡さんが急にひっぱるから……!)
 
 自業自得だけど、私も思わず言い返す。
 確かに規則違反だけれど、それでもお祖母ちゃんの形見のドレス。
 
 「全く、女の子なのに、そんなはしたない格好をして。仕方のない子ですね」
 
 「う…………」
 
 水鏡さん相手では、私には勝ち目はなさそうだ。
 
 「マリア。それより、門限を破って外に出ようとしましたね?
 どうして、こんなお行儀の悪い場所から出ようとしたのですか……?」
 
 休みなく苦言を呈する水鏡さん。
 
 「実は、教室に典礼書を忘れて……明日までに、覚えておきたかったので……」
 
 「呆れましたね、マリア。
 本当なら忘れたあなたが悪いんですし、我慢してもらうところですが……
 予習するのはいいことですしね。
 典礼書なら、私のものを貸してあげます。一日だけですよ?」
 
 「でも、水鏡さんは? 明日の授業は学年合同ですよ?」
 
 「ああ、私はもうとっくに暗記しましたから、別にいいんです。」
 
 「う……私も暗記してましたよ! 今回は、あくまでも復習です!」
 
 「はいはい。負けず嫌いですね、マリアは。」
 
 明らかに信じてくれていない。
 しかも、ちょっと自慢までされてしまった。
 でも、気をつかってくれているのは嬉しかった。
 
 「それよりマリア。これからは絶対に、こんなことしないでくださいね。
 些細なことで、疑われては嫌でしょう?」
 
 「う……ごめんなさい」
 
 私は力強くうなずく。穏便に済ませてくれた水鏡さんに心の中で頭を下げた。
 
 「さあ、これから部屋で内容を暗記するんでしょう? 頑張って」
 
 「はい……!」
 
 私は、窓を閉め、鍵を硬く閉めるとカーテンを引いた。
 ほつれたスカートを繕ったら、早速予習しよう。
 水鏡さんには笑われたくない……そう思うと、いつもよりはかどりそうな気がした。
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